Description
ジャガールクルト社の歴史はスイス時計メーカーの中で大きな役割を果たした欠かせない存在であった事は、揺るぎのない事実です。 アントワーヌ・ルクルトは1833年に時計製造メーカー・マニュファクチュールとして初めて時計工房を作り、4人の弟子と共に創業して以来、常に技術的には最先端を歩んでおりました。1800年代の後半にはかなりの小型化された精巧な機械が完成しており、例えば1925年まではパテックフィリップ社に腕時計の機械を供給していたり、ヴァシュロン・コンスタンタン社のキャリバーは近年に至るまで深く携わっており、その功績は他社にとってジャガールクルト社ありきてあった事が伺える重要な存在でした。 1900年初頭のブレゲ工房出身のエドモンド・イエーガー氏の参画がさらに同社の製造技術を押し上げ、ジャガー・ルクルト社となって、押しも押されぬ時計製造メーカーへと成長を遂げました。エドモンドが興したメーカーJAEGER/イエーガー(ジャガー)社は1900年の初頭にカルティエ社が15年間の販売権を取得し、フランスでの販売網を揺るぎないものにしました。このジャガー社は自動車のメーター、飛行機のメーター類まで製造する精密機械製造会社と発展し、時計製造と併せて大きな精密機械工業の担い手となりました。その延長線上にカルティエ社と共同出資してパリに時計専門工房を立ち上げ、ご周知のカルティエブランドの時計の礎となった時計工房(ヨーロピアンウォッチ&クロック社)となりました。
このようにルクルト社とジャガー社は時には共同で、また時には別々の道を歩みながら時計業界に多大な足跡を残しました。然しながらこれだけのメーカーがどうして自社クロノグラフキャリバーの製造に着手しなかったかは不思議でなりません。同社の古い腕時計のクロノグラフキャリバーは全てユニバーサル社キャリバーを使用し1960年代後期以降はヴァルジュー社キャリバーを搭載しております。 当時のいろいろな状況を鑑みますと、もしかするとユニバーサル社もしくはクロノグラフキャリバー製造のエボーシュ製造メーカーが近隣にあり、そことの強いリレーションシップが故か逆に同社が時代の最先端をゆく製造メーカーとして他社から難しい機械の製造の依頼を多く受けてきた歴史から既に沢山のクロノグラフエボーシュのを製造する強力な既存のメーカーが存在していたが故かといったところかと思いますがとても気になるところではあります。
さてこの時計に関しましてですが、ジャガールクルト社は決して多くは有りませんが1950年代以降もクロノグラフの製造をヴァルジュー社のキャリバー22、23をベースにミニッツレコーダー(分積算計)クロノグラフを、72をベースにアワー(12時間積算計)及びミニッツレコーダー(分積算計)のクロノグラフの製造をしておりました。この時計はダイバーズクロノグラフと呼ばれるモデルでワールドタイム表記ベゼル仕様とこの通常のミニッツマーカー付き回転ベゼル仕様のモデルの2種が作られました。キャリバーはヴァルジュー社72をベースにした726搭載で文字盤外周にタキメーターサークル付きの夜光インデックス仕様のブラックマットダイヤルで太めのフラット夜光ポイント針の組み合わせとなっております。 ケース、文字盤、機械全てとても良い状態で 全体に当時のままのとても良いコンディションでオリジナルボックスと保証書付きとなっております。










