Description
ルクルト社の時計製造の始まりは、ルクルト一族が興した小さな工房からのスタートでした。それは父が興した鉄工所から、息子のアントワーヌ・ルクルトが1833年に4人の従業員を従え創設するまで、オルゴール製造や金属加工を中心とした機械工作が中心の工房でした。その後ルクルト一族の功績により発展を遂げ、後にブレゲ工房出身のエドモンド・イエーガー氏が加わり格段に製造能力が向上して行きました。 最終的にはスイスで沢山の有名メーカーに時計の機械本体(エボーシュ)を供給する重要な役割を担う会社へと成長してゆきました。1900年代の初頭までパテックフィリップ社へのムーブメント(エボーシュ)供給、ヴァシュロンコンスタンタンへのエボーシュ供給と当時の有名時計メーカーには無くてはならない存在となっておりました。 ルクルト、ジャガールクルト、主にアメリカで売られたルクルトと少し紛らわしい変遷を遂げておりますが、簡単に説明するならば、ルクルトで始まり、E・イエーガー氏の参画によりJaeger Lecoultreとなり、それと並行してアメリカでルクルト商会(スイスとの資本関係ははっきり分かりませんが)が当時のアメリカの強い保護貿易下で半完成品としてアメリカに輸入し、組立比率は分かりませんが、現地で最終組み立てされたのがルクルトと呼ばれています。恐らく輸入部品としてのケースも含めて関税が高かったスイス製品と、特に金ケースの関税が高かったのを受けて、ルクルト社はゴールドフィルド=金張りケースが多いのも特徴となっております。
このPOWERMATICは自動巻きのゼンマイ巻き残量が12時インデックスの下の扇型の小窓に表示される機能付きの時計です。1948年製造開始のキャリバーとなります。自動巻がまだまだユーザーの信頼を築き得ない時期に自動巻のゼンマイ巻き残量表示をディスプレーする形式を採用した画期的なモデルとなります。その後追随して開発されたパワーリザーブインジケーター計の付いたフューチャーマチックと共に自動巻きの新機構としてジャガールクルト社を代表するモデルの1つとなりました。
大きな傷の無い当時のままのとても良いコンディションとなっております。